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未来食堂日記(飲食店開業日記)

あなたの”ふつう”をあつらえる、未来食堂が開店するまで

2015年秋開店予定。神保町が第一候補。
本当に神保町徒歩3分の物件が見つかりました。
千代田区一ツ橋2−6−2 日本教育会館様B1。小さな定食屋です。

誰もが ”美味しい” と認める味は存在するのか?

こんにちは。
このブログは、『あなたの普通を誂える』未来食堂が開店するまでの日記です。


突然ですが、誰もが ”美味しい” と認める味は存在するのでしょうか。
今日はこの疑問に、自分なりの考えを書いてみます。


なんでそんなことを考えているのかというと、そもそものきっかけは未来食堂のあり方に因します。
未来食堂は一定の看板メニュー(=固定化された味)があるわけではなく、誂えられる側の要望によって料理が変化します。


例えば玉子焼きを例にしてみると、

・甘いのが好き
・甘くないのが好き
・柔らかいのが好き
・しっかり焼いたのが好き
・野菜が混ぜ込んであるのが好き
・プレーンが好き

など、少し考えるだけで色々な「美味しさ」があることに気が付きます。従来の飲食店のあり方は「ウチの玉子焼きはこうなんでイ!」という ”お店の味” があって、そのファンが店に来るという形なのですが、未来食堂はそういった形を取りません。そうすると、こんな疑問が湧いてきます。

  • 一人一人の好みが異なるにも関わらず、誰しもが美味しいと思う味は存在するのか?
  • 一つの味を磨くのではないとして、ではどういった観点で料理の腕を磨いていくべきなのか?
  • 一人一人の好みで提供する料理が変化する=軸がないという事なのか?


これらの問に、すぐには答えが見つかリませんでした。
大量のレシピ本を読んだり、日々の料理代行(様々なご家庭にお邪魔して料理をつくる仕事)をしている中で多くの人の「美味しい」に接し、考え続ける毎日でした。そうして自分なりに気がついた事が2つあります。


1.美味しさは「消去法」である
2.料理は「美味しさの本質」を掴むことが大事


1.美味しさは「消去法」である

例えば先程の玉子焼きを例に取ってみます。
「甘い / しょっぱい / 香ばしい / 柔らかい」など、玉子焼きの美味しさには色々なベクトルがあります。それら全てを満たす玉子焼きは存在しません。つまり「美味しい卵焼き」は唯一解でないことが分かります。しかし例えば、

  • むっっっっちゃしょっぱい玉子焼き
  • コゲコゲの玉子焼き
  • 生焼けグズグズの玉子焼き

を考えてみると、これらは「美味しくない玉子焼き」です。誰もが認める美味しい卵焼きは存在しなくても、誰もが認める美味しく”ない”玉子焼きは存在します。

「コゲコゲは美味しくない」「しょっぱいのは美味しくない」「甘すぎるのは美味しくない」など、あらゆる”美味しくない”要素を消去したものが、美味しい卵焼きである可能性を秘めています。地雷を踏まないことが大事なわけです。

「そんな風に弱気な姿勢で美味しいものが出来るの?」と思われるかもしれません。確かにその通りです。しかし「美味しくない要素」を取り除いた玉子焼きは、あくまで土台です。土台に少しの変化をつけることでその人向けの「誂え」となります。


2.料理は「美味しさの本質」を掴むことが大事

「美味しさは人それぞれ」と先ほどは書きましたが、既に先人によって完成された料理(名前のある料理)には、個人の好みに左右されない「美味しさの本質」が存在します。
例えば「玉子焼き」を考えてみると、玉子焼きは「玉子焼き」です。「卵を焼いたもの」ではなくキチンと名前があります。「牛薄肉と玉ねぎの醤油煮かけご飯」ではなく「牛丼」と名前があります。
名前のある料理は先人の知恵が詰まっています。

  • なぜ玉子焼きは ”卵を切るように” 混ぜ、だし巻きは ”卵を滑らかになるまで” 混ぜるのか
  • 肉じゃがの肉は、なぜ豚でも鳥でもなくて牛なのか

など。これらは「その料理の本当に美味しい部分」(=本質)を実現するために必要なTipsなのです。
どうして名前がつくほど(人口に膾炙するほど)メジャーな料理になったのか。何度も作って考察すると、そこには「美味しさの本質」が見えてきます。これについては具体例をもとに後日また追記します。



先ほどの質問に答えてみると、
一人一人の好みが異なるにも関わらず、誰しもが美味しいと思う味は存在するのか?

  • 「誰しもが美味しいと感じる物」はないけれど「誰しもが美味しくないと感じる物」はある。


一つの味を磨くのではないとして、ではどういった観点で料理の腕を磨いていくべきなのか?

  • 出来る限り「失敗」な領域にはみ出さない料理を作り続けること。(玉子焼きの例だと、コゲコゲの玉子焼きを作らないということ)


一人一人の好みで提供する料理が変化する=軸がないという事なのか?

  • 美味しさの本質を磨き続けることによって、変化しながらも多くの人に「美味しい」と思ってもらえる料理を作れるはず。本質を軸にすればいい。


なんだか長くなりましたが当たり前の結論に落ち着いた感じもします。
”美味しさの本質”については改めて別の記事に。


ご覧いただきありがとうございました。いつか、お会いしましょう。
http://miraishokudo.com